原作者 吉田先生おすすめの一作

吉田篤弘氏とは

つむじ風食堂の夜においては食事こそそこまで重要視されていませんが、作風の『昔懐かしい情景を連想させる』という意味では秀逸だ。それこそが作品で観客に感じ取って欲しいと思っての映画化でしたが、中々そういう思いは届かないもの。どちらかといえば食事から出てくるものにして欲しかったと、そんな意見が度々見られます。ただそこは求めるべき点ではありません、あくまでこの作品では食堂という人がより集まり場所として設定されているだけにすぎないのだ。展開される人間関係から見える、自分について疑問が氷解していく様子が見応えたっぷりとなっています。

そんな作品を作り上げた原作者『吉田篤弘』先生についてですが、現在でも精力的に作家活動を続けています。先生が作る作品はいずれも、何処かほっこりする懐かしい世界観で心温まる作品が多く見られる。『これぞ物語だ!』とでもいうべき作品を多く手がけてきているので、吉田篤弘先生の作品が気になる人向けに代表作を紹介していこう。

代表作

フィンガーボウルの話の続き

クラウド・エヴィング商曾というデザイン・ワークで活動している吉田篤弘先生ですが、単体名義での書籍として初めて刊行された作品でもある『フィンガーボウルの話の続き』はやはり外せません。物語は全16編にも及ぶ連作となっており、ひっそりとした繋がりが見えてくる物語を読者に静かに、そっと、緩やかに訴えていきます。

針がとぶ Goodbye Porkpie Hat

フィンガーボウルの話の続きのような連作、つむじ風食堂の夜のような長編作品とはまた違った作風で送り出している『針がとぶ Goodbye Porkpie Hat』もまた、一度は読んでおきたい作品となっています。内容的には短編でもなく、長編でもなく、そして連作とも言えない特徴的さがウリだ。ただ他の作品同様にゆっくりと時間が流れていく、まるで何処か惹かれ合うようなスローライフを想像させる展開に、心温まる物語がつめ込まれています。

百鼠

こんな作品も作っている。中身としてみると短編のようになっていますが、どの作品もじっくりと読んでみたいと髣髴とさせる序奏ともいえる3編の物語を綴っているのがウリの『百鼠』もまた、ファンの間では人気が高い。何事も無く過ぎ去ろうとする日々の中、突如として平凡が終焉を迎えて波乱に満ちた幕開けがスタートするような、笑いや哀しみのある世界観に取り込まれます。これで短編とは勿体無いと言わしめるので、一度読んでおいて損はありません。

十字路のあるところ

短編集の中には1つのテーマを軸に、それぞれが独立していながらもテーマを逸脱していない作品というのもあります。吉田篤弘先生と写真家の坂本真典さんとの共作『十字路のあるところ』が何とも味わい深い。物語は一律『水』をテーマにした世界観となっており、主人公である作家が作中で『水』を巡るあらゆる物語を模索していく内容となっています。文章と写真の双方で物語の情景を読み取る形になっているので、挿絵とはまた違った作品の個性が現れている。

空ばかり見ていた

吉田篤弘先生が手掛ける作品の中でもとりわけ異彩を放っているのが『空ばかり見ていた』だろうと個人的に感じる。物語はとある街で床屋を営んでいたホクトさんが主人公となっている。空を見上げていたホクトさんは唐突に旅に出ようと決意する、理由は『もっといろんな人の髪を、色々なところで、好きな時に切ってみたい』からだった。そうして流浪の床屋さんになったホクトさんが各々の方面で見てきた心温まる12の短編物語。語り手も変化しますが、すべての作品においてホクトさんが関係する味わい深く、そして何処か懐かしさすら覚える作品の世界観に思わず付箋を貼ってしまった人もいるそうな。

視点が面白い

ここで紹介した作品はあくまで一部となっていますが、見る視点の面白さがユニークな点に注目してもらいたい。本来そこをテーマにしても面白いと感じる人はいないだろう、それを当たり前なものだと認識しているとなおさらだ。ただそうしたいくらでも日常から見えてくる場面を疑問視すると、見えてくるものが一方的ではない事を知ることが出来ます。

吉田篤弘先生の作品では、多角的に物事を捉えて、誰もが見ているけれどそこから得る答えが斬新だ。前衛的とも言えるかもしれません、理論や理屈では語ることの出来ない答えを導き出そうとする姿勢は実に作家らしい発想がつめ込まれています。

つむじ風食堂の夜においてもあえて食ではなく、食堂という場に集う人々によって変革する主人公に焦点を当てるとまた見方は変わってくるのではないだろうか。次に見るときは、登場人物達の心理に注目してみると新しい発見が出来る、かもしれませんよ?